怖い話(続き)

 翌日、夜、会社から帰って部屋の明かりを点け、着替えているとチャイムが鳴りました。出てみると、昨日の男が立っています。
「昨日はありがとうございました。色々と誤解があったようで、失礼を致しました。」
「いいえ、こちらこそ。」
「先生がお話したいことがあるとおっしゃっています。ちょっと遅いですが、すぐにいらして下さい。」
「お断りします。そちらの会には、入会するつもりはありません。もう、お話を聞くつもりもありません。」
「先生が待っているのですよ。分からないことを言わないで、支度をしてください。」
「分からないのはあなたです。私は嫌だと言っているのです。」
 そこで男は本性を現したように怒り出した。
「あなた、先生に失礼だとは思わないのか! あれだけ親身になってくださっているのに。つべこべ言わずに、来なさい」
「私は何も約束した覚えはない。あなたについていく義務もない。すぐ帰ってください。」
「そうはいかない。あなたは自分が分かっていない。私にはあなたを救う義務があるんだ。何が何でも、来てもらいます。」
「冗談じゃない。いい加減帰ってくれ。なんの権利があって無理強いをするんだ。」
「眼の前で溺れようとしている人がいるのに、本人が助けるなと言っていたとしても、ほっとけるか」
「私は、明日も朝早くから仕事なんだ。帰らないと警察を呼ぶぞ。」
 玄関で押し問答をした末、兎も角も男を押し出し、玄関の鍵を締めました。心臓はバクバクです。
「仕方ないので、今日のところは帰りますが、諦めませんよ。私には使命があるんだ。人々を啓蒙し、目覚めさせる…」
 私は神経が細いので、こんな事があると夜寝付けないのです。よく眠れずに迎えた翌日も仕事です。今日も男は来るのだろうかと考えながら、鬱々として一日を終えました。帰路、あの男はどうでるだろうか、とか警察へ相談しようか、とか色々と考えてしまいます。自宅のそばに来ると、見つからないように注意しながら男を探してみました。すると、アパートの迎え側の電柱の側に、昨日の男が立ってアパートを見上げているではありませんか。部屋に明かりがついたら、連れ出しに行こうと思っているに違いありません。背筋が寒くなりました。
 裏の階段に素早く行って、自分の部屋に滑り込みました。勿論、明かりは点けません。暗い中、手探りで着替えを済まし、男の姿を確認します。まだいる。何時になったら帰るのか。しつこいやつなので、多分、1,2時間は立っているんじゃないだろうか。
 そこで、構わず、風呂に入ることにしました。風呂の明かりは外には漏れない。風呂から出ると、コンビニで買ってきた弁当を、風呂場で食べることにしました。とにかく、昨日の繰り返しは御免だ。食事が終わって気を付けて外を見ると、すると、まだちゃんとそこにいるじゃないですか。付き合いきれないので、布団に潜り込んで寝てしまうことにしました。
 次の日の夜、仕事から戻ると、果たして男は同じ場所に立っていました。前の日と同様に家に入り、明かりを着けずに風呂に入り、食事をしました。思わず「何が悲しくてこんなにびくびくしなきゃならないんだ」と叫んでしまいました。
 毎日これではたまらないので、明日も男がいたら直接対決して、無理を通そうとしたら警察を呼ぼうと決心しました。ところが、そんな私の心を察知したのか、その後男はやって来ませんでした。
 世の中で一番怖いものは、自分は絶対的に正しいと信じて疑わない人である、とその時に思い知らされました。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする