大分前の話ですが、新卒で就職してしばらくして、安アパートに一人で暮らしていた時のことです。日曜日に家でごろごろしていると、玄関でチャイムが鳴りました。出てみると、若い女性がいて近くで面白い勉強会があるから来てみないかといいます。その頃、友達もいなかったし、気分はブルーで乾いていたので、つい行ってみる気になりました。後で思えば、魔が差したというところです。
10分かそれくらい歩いて、ちょっと大きめの民家といったところに到着しました。庭に十数人の人が集まっていて、真ん中で若い男が何やら大声で話しています。町内会の会合といった感じです。やがて、5、6人の小グループに分かれていきました。私も、その中の一つに入って、自己紹介のようなことを話したように覚えています。
グループでは、皆、自分の体験などを話しているようでしたが、どんな内容だったかは覚えていません。ただ、皆笑顔を絶やさす、とてもフレンドリーで感じの良い人達だと思いました。
グループ活動が終わって、その中の一人の男に建物の中に連れて行かれました。廊下を歩いていると、隣の部屋で体操のようなことをしている人たちが見えました。小さな部屋へ案内され、そこで焦げ茶色のお茶のようなものを出されました。「ちょっと飲みにくいでしょう」と言われましたが、体に良さそうな味がしました。後で、小さな瓶を見せられ、それが朝鮮人参エキスであることが分かりました。男は「私は、これをそのまま舐めたりします。すると肌からじわぁーと白い液体が出てきて、体が浄化されるのです」と言います。
その後、男は「〇〇先生にお会いできます」と言って、私を別室へ案内しました。そこには黒いテーブルがあって、初老の女性が座っていました。「ようこそ私達の会へ、心より歓迎します。」とニコニコしながら、私に座るように促します。
その先生は、私をじっと見つめながら、静かに語り始めました。この世界の矛盾や運命の理不尽なこと、正直者が馬鹿を見るような不公平な世の中で、どのようにして自分を見出すか、といったことを理路整然に話します。
「しかし、この現実世界の中で如何に生きるべきか、実はその鍵はあなた自身の中にあります。この世界の様相は、ある意味では必然であるとも言えるのです。あなたの抱える問題、それはあなたが生まれたときから宿命付けられています。もっと言えば、生まれる前にまで遡って原因を探さねばならないのです。」
そして、先生は、私の抱えている問題を言い当てました。というか、何となく当たっているなと思いました。今ではコールドリーディングという言葉も知っていますが、その時は、ふうん、分かるものなのかな、と感心しました。
先生は自分の両手で私の手を包み込むようにして、目をつぶり、しばらくじっとしていました。
「あなたは輪廻転生を信じますか。人は繰り返し生まれ変わり、多くの過去生を経験しています。その過去生での行いが、現在の問題に反映しているのです。今抱えている障害を克服するには過去生を研究する必要があります。鍵は過去生にあり、この会では、過去生からのカルマの解消が出来る機会を与えることを目的の一つにしています。」
初めは成程その通りと思って聞いていましたが、話が生まれ変わりとかカルマとか、となってくると、これはヤバいと感じ、早々に退散する機会を伺うことにしました。
お約束の通り、入会の話になったので、「私はこういった会にはなじまないので、入会はお断りします。」ときっぱりと言いました。すると、先生は言います。
「あなたは今帰路に立っています。ここで右に行くか、左に行くかで、天国と地獄の差があります。今こそ、あなたは入会しなければなりません。でなければ、取り返しのつかないことになります。」
しばらく押し問答を繰り返した後、構わず部屋を出ようとすると、私を連れてきた男が前に立ちはだかって「先生のお気持ちが分からないのか」と大きな声を出します。「とにかく、私にはこれから予定があるので、これで失礼します。」とすり抜けるように出ました。
ところが、男は後ろから私の手を掴み離そうとしません。「これは暴行だ。警察へ訴える」と言うと、掴んでいた手が緩んだので、振り払って逃げ出しました。後ろから追いかけられているかもしれないと思い、全速力で走って自宅へ逃げ帰りました。