2013年の統計数理研究所の調査によると、日本人の40%があの世の存在を信じており、33%が信じていないということです。一方で、28%が宗教を信じており、72%が信じていないということです。つまり、12%の人は、あの世はあっても宗教は信じていない、ということになります。あの世がない宗教もあるようですが(*)、少なくともあの世を肯定することは宗教につながるような気がします。
私の場合はというと、宗教を信じておりません。なので、あの世の存在も信じておりません。私は33%に含まれます。加えて、どのような超常現象の存在も信じておりません。
* 仏陀の教えでは「無我」が中心にあるので、「我」を基準として考えざるを得ない「あの世」の存在は矛盾します(中村元)。儒教でも、「あの世」の話はしないようです。
ところが一つだけ困ったものが存在します。エドガー・ケイシーの一万数千件のリーディングです。ノストラダムスの予言書なら、幾らでも否定する材料を見出すことができます。しかし、ケイシーの特に医療リーディング(フィジカルリーディング)は、その分量と内容に加え、ケイシーのリーディングに基づいて治療を行う病院が実際に設立されたという事実などから、超常現象否定派にとっては実に困った存在なのです。うろ覚えで不確かではありますが、あの大槻教授も、ケイシーだけは困っていたと記憶しています。
私が、エドガー・ケイシーに関する本で最初に読んだのは『永遠のエドガー・ケイシー』(邦訳たま出版)という伝記です。作者はトマス・サグルーという人ですが、この人は30代で原因不明の病気にかかり、ケイシーのリーディングによって一命を取りとめ、その後、構想15年を経て完成したのがこの本です。ケイシーの紆余曲折の人生が丁寧に書かれており、超常現象を全く信じていない人でも純粋に文学として十分に読みごたえのある内容となっていると思います。巻末にリーディング哲学が纏められており、これも中々面白く読むことができました。以下、この本の内容を中心に、簡単にケイシーの略歴を書きます。
エドガー・ケイシー(Edgar Cayce: 1877年~1945年)は、アメリカ合衆国ケンタッキー州に生まれ、子供のころから毎年聖書を通読するほどの熱心なクリスチャンであるにもかかわらず、貧乏のため聖職者になるという夢はかないませんでした。家計を助けるために、進学をあきらめ働きに出ます。
その後、喉を痛め声が出なくなってしまうという事態が起こりました。多くの専門医に診てもらうものの、誰も治療法はおろか原因を突き止めることもできませんでした。仕事も変えざるを得ず失意の中、駄目もとで試した催眠療法が人生の転機をもたらしました。その催眠療法中に、別の人格が現れ、現在の状態と治療方法を理路整然と述べだしたのです。そして、その通りにすると症状は治ってしまいました。これが、最初のリーディングです。
自分の体を見ることが出来るのであれば、他人の体を見ることが出来ても驚くことはありません。果たして、試してみると、他人の体を正しく診断できるではありませんか。心霊診断家エドガー・ケイシーの誕生です。リーディングによる治療は指示通りに行えば、例外なく治癒していったのです。
リーディングを行う場合、ケイシーは、長椅子に横たわり催眠状態に入ります。そして誘導者の指示に従い、依頼者の現在の体の状態、病気の原因、そして治療方法が述べられました。特に、依頼者がどこにいようと、名前と居場所さえ与えられれば、彼らを診断し治療法を与えることができました。
当然のように、彼の周りには様々な立場の人たちが関わってきます。一儲けをたくらむもの、化けの皮を剥いでやろうとするもの、疑心暗鬼のものなど、ケイシーを翻弄していきます。その顛末は伝記に詳しく書かれています。
ともかく、その後ケイシーは継続的にリーディングを行いました。その理由の一つは、リーディングを求める人たちがいた為でした。医者に見放され途方に暮れた人たちが、最後の望みとしてリーディングにたよってきたのでした。事実、リーディングの対象となった病人には、手の施しようのない人や、病気の原因の分からないような人たちが多くいたようです。
例えば、リーディングを初めたばかりの頃、ある五才の女の子を診る機会がありました。この子は、二歳の時にインフルエンザに罹って以来3年間、発育が止まって全くの精薄児となっていました。多くの専門医にかかるものの誰一人治すことができないばかりか、益々ひどくなる引きつけをどうにもできないでいました。その地方の最も優れた専門医も、脳は戻らない、絶望だと宣告しました。僅かに残された知能も、徐々に減退していました。
ところが、ケイシーのリーディングの診断はそれとは異なっていました。
「障害は脊柱にある。インフルエンザに罹る前に乳母車から落ちて、脊柱の底部を足台で打った。その弱くなったところからインフルエンザの病原菌が入り込み定着し、精神障害とその後の発作を惹起した。我々のみるところ、故障を除去し正常状態に回復するには…」
両親は、乳母車からの落下事故はすっかり忘れていましたが、リーディングの指摘により思い出し、そのことがケイシーへの期待を高めました。そして、リーディングの指摘する治療を続けることで、発作も無くなり、知能は回復し、数ヶ月で同年代の子供と共に学校へ通うことができるようになりました。
リーディング診断は、まるで謎解きのように難病の原因を解き明かしていき、更にその原因を取り除くような根本的な治療方法を提示するのでした。そして、その診断と治療の経過の詳細は逐一記録されているのです。やがて、リーディング治療をより効果的に行う為に、1928年バージニアにケイシー病院が設立されました。
とここまで書いたところだけでも、ケイシーの驚異的な力は奇跡的で疑うべくもないようですが、より重要なのは、ケイシーが、催眠状態で自分を通して与えられる情報の価値に気が付き、速記者を雇ってその正確な記録を残すことを思い立ったことです(*)。1万数千件にのぼるリーディングの記録はCDに収められ、誰でもインターネットで入手可能となっています。CDには依頼者との手紙やリポートも含まれており、リーディングによる治療の全貌を知ることが出来ます。
この膨大なリーディングの記録は、超常現象研究史の中でもひと際ユニークなものとなっています。超常現象の記録というものは、最も信憑性のあるものであっても、後で検証してみると何らかの瑕疵または疑念があり、十分の説得力を持つものはほぼ皆無といってよいと思います。その中にあって、リーディングの記録文書は、超常現象の疑うことのできない証拠となっています。そして、一つ一つの医療リーディングの内容は、その依頼者の困難な病気を治していった記録となっており、千人単位の人がこの超常現象によって人生を救われているのです。そして、この重みによって、ケイシーの業績は懐疑主義者の目の上の瘤となっているのです。
*しかし、その速記が容易でないことは、リーディングの原文を読めば分かります。長く複雑な構文の中に専門用語がちりばめられています。理解しやすさよりも正確さを重視した為だと思われます。
リーディングは十数名の女性の挑戦を退けました。そして最後に、やっと完全にリーディングを速記できる人物が現れました。グラディス・デイビスという当時18歳での女性です。グラディスは生涯にわたってケイシーの有能な秘書となり、1923年から1945年まで、ほとんどすべてのリーディングを速記しました。彼女がいなければ、リーディングがここまで完全に文書化されることはなかったと思われます。このような幾つかの偶然が重なって、我々はエドガー・ケイシーという稀有の人物に正面から向き合うことができるのであります。